YY

表面張力あれこれ

2022年Wathematica アドベントカレンダー12/15担当のYY(Twitter: @YY71742817)です。(アドベントカレンダーのはずなのに未だに全体のページが出来てないっぽいですが……)
TLの皆さんや、ワセマの皆さんはきっと小学生の時から科学大好き少年・少女で、夏休みなんかは自由研究で実験なんかをやっていたことだろうと思います。そういう小学生向けの実験で、やたらと出てくるワードに「表面張力」があります。何となく、無重力では表面張力で水は球状になるとか、洗剤の界面活性剤は表面張力を破壊するとか(正確に言えば、水と油間の表面張力なのですが)聞いたことはあると思います。しかし、多くの人にとって分子間力と表面張力の違いはなぁなぁなのではないでしょうか。そこで、マクロな観点から表面張力を定義し、それによっておこる現象についていくつか紹介していきたいと思います。

表面張力の熱力学的定義

熱力学の復習

 今回必要になる熱力学の知識は、熱力学関数と示強変数の関係と、2つの系の平衡状態の知識です。田崎の7章及び付録F、清水の9章及び13章に相当します。
 熱力学関数U[S,V,N]をもちいて、示強変数である温度T、および圧力pは、次のように表せました。
p=\left( \dfrac{\partial U}{\partial V} \right )_{N,S}
T=\left ( \dfrac{\partial U}{\partial S} \right )_{N,V}
ここで、Sエントロピーです。
また、熱を通す可動な壁で分けられた2つの系が平衡状態にあるときの平衡条件は、
T_1=T_2
p_1=p_2
でした。これらは、熱力学関数の凸性から、例えば
\dfrac{\partial}{\partial v}U[S_1,S_2,V_1+v,V_2-v,N_1,N_2]=0
などから導かれました。
熱力学関数の微分
dU=TdS-pdV+\mu dN
のようにも表されました。
これをエントロピーに関して一回ルジャンドル変換するとヘルムホルツの自由エネルギー
dF=-SdT-pdV+\mu dN
が得られ、さらに体積に関してルジャンドル変換するとギブズの自由エネルギー
dG=-SdT+pdV+\mu dN
が得られました。

示量変数に「面積A」を追加する。

今まで熱力学関数としてのヘルムホルツエネルギーの変数は(T;V,N)でした。しかし、例えば二つの流体相が互いに平衡状態にあるとき、その状態は温度と体積だけでは決定できません。そこで、二つの界面の面積Aを新しく示量変数として加えます。そして、表面張力\gamma
\gamma \equiv \left ( \dfrac{\partial F}{\partial A}\right )_{T,V,N}
として定義します。
ヘルムホルツエネルギーの全微分
dF=-SdT-pdV+\gamma dA+\mu dN
となります。ルジャンドル変換の性質から、
 \gamma = \left ( \dfrac{\partial U}{\partial A}\right )_{S,V,N}=\left ( \dfrac{\partial G}{\partial A}\right )_{T,p,N}
が成り立ちます。

表面張力の直感的意味

ここで、表面張力の直感的な意味を考えるために、等温状態の下、体積V=0であるような液膜を、幅Lのコの字型のフレームと棒に張り、平衡状態を保ったまま図のように\Delta Xだけ広げることを考えます。

図1 表面張力のする仕事

この時、膜がする仕事Wは、
 W=-\Delta F =-\gamma\Delta A =-\gamma L\Delta x
になります。すなわち、膜が棒を引っ張る力は \gamma Lとなります。つまり、表面張力\gammaは、膜を縮める方向に働く、単位長さ当たりの力だと考えることが出来ます。

Young-Laplaceの関係式

ここまでの話を読まれて、「ヘルムホルツの自由エネルギーはVAを変数に持っているが、本当にこの二つは独立なのか」と気になった方もいると思います。実を言うと、これらは必ずしも独立に動くとは限りません。体積を大きくすると、当然表面積も大きくなってしまうからです。

図2 液滴の微小変分

図のように、液相1の中で液相2が平衡状態にあるとします。(気体と液体でもいいです。)液相1の体積をV_1、液相2の体積をV_2とし、その界面の面積をAとします。ここから、法線ベクトル \vec{n}方向に\varepsilonだけ微小に体積を増大させます。すると、体積V_2及び面積Aの微小変化は次のようになることが、微分幾何を使うとわかります。
\Delta V =\varepsilon \oint dA
 \Delta A =\varepsilon \oint 2H(\vec{r})dA
ここで、Hは平均曲率と呼ばれるもので、第一基本形式(曲面のRiemann計量)
g_{ij}=\dfrac{\partial\vec{r}}{\partial u_i}\cdot \dfrac{\partial\vec{r}}{\partial u_j}
及び第二基本形式
h_{ij}=\dfrac{\partial\vec{r}}{\partial u_i}\cdot \dfrac{\partial\vec{n}}{\partial u_j}
を用いて、
H=\dfrac{g_{11}h_{11}-g_{22}h_{22}-2g_{12}h_{12}}{det(g_{ij})}
と表されます。((u_1,u_2)は局所座標)
実は、各点での極大曲率半径R_1と、極小曲率半径R_2を用いて、
H=\dfrac{1}{2}\left ( \dfrac{1}{R_1}+\dfrac{1}{R_2} \right )
と表せます。この2つの相が平衡状態にあるためには、ヘルムホルツの自由エネルギーが\varepsilon =0で最小である必要があります。そこで、
\dfrac{\partial}{\partial \varepsilon}F[T;V_1-\Delta V,V_2+\Delta V,A+\Delta A,N_1,N_2]=\left(\dfrac{\partial F}{\partial  V_2}-\dfrac{\partial F}{\partial V_1}\right)\dfrac{\partial \Delta V}{\partial \varepsilon}+\dfrac{\partial F}{\partial A}\dfrac{\partial \Delta A}{\partial \varepsilon}=0
とすると、圧力差\delta p = p_2-p_1と表面張力の間にYoung-Laplaceの関係式
\delta p = \gamma \left ( \dfrac{1}{R_1}+\dfrac{1}{R_2} \right )
が成り立ちます。
特に、内側と外側の圧力差がないとき、表面は極小曲面を作ります。cf)針金に張ったシャボン膜

追記(2022/12/27)

12/25日分のアドカレ
mathlog.info
で首藤さんがこれと関連したテーマを扱ってます。
ここで出てきた平均曲率はshape operator のトレースを2で割ったものになります。

表面張力あれこれ

ここからは、導出抜きで、(今までもだいぶあってないようなものでしたが)諸々の結果だけ紹介していきたいと思います。

濡れと表面張力

図3 濡れと表面張力

図のように、重力の影響が小さい液滴を考えます。これは、水、空気、固体の3相平衡になっていて、水と空気の間の表面張力を\gamma_{lv}、水と固体の間の表面張力を\gamma_{ls}、空気と固体の間の表面張力を\gamma_{sv}とすると、これらと接触\thetaの間には、Youngの関係式
 \gamma_{sv} = \gamma_{sl}+\gamma_{lv}\cos\theta
が成り立ちます。
濡れによる仕事はDupreの式
 W_A=\gamma_{sv} +\gamma_{lv}-\gamma{sl}
により求まります。この二つを組み合わせた
 W_A = \gamma_{lv}(1+\cos\theta)
をYoung-Dupreの式と呼び、\thetaが小さいほど濡れやすいということを示しています。\theta >150°を超撥水、 \theta = 0を超親水と言います。

毛細管現象

図4 毛細管現象

半径Rが十分小さい毛細管を水中にいれたときの現象を考えます。この時、浸透仕事W_I\equiv \gamma_{sv}-\gamma_{lv}>0の時、毛細管現象が発生します。重力ポテンシャルを含んだヘルムホルツエネルギーを最小にすることを考えると、水面が持ち上がる高さは近似的に
H=\dfrac{2\gamma_{lv}\cos\theta}{\rho gR}
となり、半径に反比例します。(\theta接触角)

表面張力のミクロスコピックな説明

図5 液体分子に働く分子間力

図のように、液体内部の分子と界面近くの分子のエネルギーの安定性を考えます。液体内部は周りに分子が等方的にいるため、分子間力が等方的に働きます。一方液体表面は分子間力がほとんど内側からしか働きません。これにより、界面近くの分子の方がエネルギー的に不安定になり、表面積が大きいほどエネルギーも大きくなります。この寄与がどのくらいのものになるのかはちょっとまだ調べ切れてません……が、面積Aはほぼほぼ表面の分子数Nに比例すると考えられるので、\gamma =F_{surface}/Aとなり、ほとんどTのみに依存すると考えてよい気がします。

終わりに

大学に入って初めて表面張力に出くわしたのは巽流体力学ゼミでの表面張力波だったのですが、ネットを調べてもなかなかちゃんとしたことが書いてあるページが少なく、困った思い出があります。(ほぼ一年前)
導出をできるだけ省いて結果を並べようと思ったら、気づいたら数式マシマシの読みにくいブログになっていました……ごめんなさい……
質問があったらTwitterまでお願いします。

参考文献

1)田崎晴明(2000)『熱力学ー現代的な視点からー』(培風館
2)清水明(2021)『熱力学の基礎I 熱力学の基本構造』第2版(東大出版)
言わずと知れた熱力学の定番書。表面張力の勉強中に何度もひっくり返しながら復習しました。
3)中島章(2014)『化学の要点シリーズ12 固体表面の濡れ性―超親水性から超撥水性まで—』(共立出版
Wikipediaの表面張力のページの参考文献として一番上くらいに上がるのがこの本です。表面張力関係で今売られてる本で一番手に入りやすいかも?撥水についてやたら詳しいのですが、そこまでは読めていません……
4)ピエール ジル ドゥジェンヌ他、奥村剛 訳、(2003)『表面張力の物理学―しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界—』第2版 (吉岡書店)
表面張力について書いてある本で見た感じ一番いろんなトピックを扱っていて、説明も物理寄りでわかりやすいです。英語版は早稲田だと無料で全文ダウンロードできるみたいです(今知った)
5)久保亮五(1961)『大学演習 熱学・統計力学』修訂版第56版(裳華房
表面張力の熱力学も扱っていて、一応YoungーLaplaceの式のお気持ち導出があります。(第4章問題【7】)
6)本間泰史(2022)『幾何学B1(曲面論)講義ノート
7)小磯憲史(1998)『共立講座 21世紀の数学12 変分問題』(共立出版
微分幾何パートの参考にしました。多分曲面論の本なら何でも載ってると思います。