曲線座標系のベクトル解析と微分形式
はじめに
Wathematicaアドベントカレンダー12/19担当のY・Yです。
ベクトル解析で用いられるガウスの法則やストークスの法則、ベクトル解析の最大の応用先とも言える電磁気学などは、微分形式を用いた方が統一的に表すことが出来る、というのはかなり有名な話です。例えば、のベクトル場の発散は、2-formの外微分として捉えることが出来ます。しかし、実用上はユークリッド座標だけでなく、極座標その他の直交曲線座標で考えることも多いです。また、一般相対論では、曲がった時空上にMaxwell方程式は拡張されます。この時、ベクトル場の微分はどのように変換されるのか、というのが今回の主題です。
おことわり
この記事は、物理的なモチベーションで書かれているので、数学的に厳密とは言えない話が続くことがあります。
ホッジ双対
次元微分多様体では、-form全体のなすベクトル空間とは同じ次元になります。リーマン多様体の場合、
なる線形写像をうまく定義することが出来ます。
外微分とベクトル解析
重力中のMaxwell方程式
との関係
ここで、一般のリーマン多様体の直交曲線座標系でを成分表示しておこうと思います。1-formについては
となります(Einsteinの縮約とそうでない項があるのはすみません)ここで、はを除いたことを意味します。同様に2-formについても
が成立します。*4
参考文献
1)本間泰史(2022),多様体論II(幾何学B2授業ノート)
2)坪井俊(2008),幾何学III 微分形式.東京大学出版
3)小林昭七(1989),接続の微分幾何とゲージ理論,裳華房
4)高間俊至(2023),微分幾何学ノート
event.phys.s.u-tokyo.ac.jp
5)エリ=デ=ランダウ・イェ=エム=リフシッツ著,恒藤俊彦・広重徹訳(1978),場の古典論原書第6版,東京図書
6)松尾衛(2019)相対論とゲージ場の古典論をかみ砕く-ゲージ場の量子論を学ぶ準備として-,現代数学社
7)谷村省吾(数理科学2023年8月号)「微分形式と電磁気学」,サイエンス社
8)北野正雄(数理科学2023年5月号)「電磁気と数学」,サイエンス社
直感的に理解する!! 軌跡と領域のトポロジー
はじめに
みなさんこんにちは。Wathematica Advent Calendar 12/9担当、応用物理学科3年のY・Yです。私は高校生の時、軌跡や領域の問題がちょっと苦手でした。(よく条件を見落としていたり、除外点を除き忘れていたりしたためです。)さらに、1年生の時「数学概論B」という授業で位相空間が何を言いたいのかなにも理解できずに絶望しました。しかし、軌跡や領域の問題は集合のトポロジカルな性質を考えるうえで絶好の例であること、そして位相空間を理解していれば位相的に絶対にありえない軌跡や領域を描いてしまうことはないということを今更になって気づきました。位相空間に苦しんでいる1,2年生、そして軌跡と領域に苦しんでいる高校生(?)の役に立てれば幸いです。
(注意:この記事は位相空間を直感的に理解できる手助けになるよう書いているので、ところどころ議論が荒いかもしれません)
軌跡の問題の例
家に残っていた高校数学の本が青チャートしかなかったのですが、このなかに、こんな問題がありました。
が実数全体を動くとき、
の交点Pが動く軌跡を求めよ。解答:円,ただし点をのぞく。
求める軌跡は図1のようになります。
さて、この問題の本筋の解答としては、(a),(b)からを消去する方法が考えられますが、図形的に考えても、軌跡が円の一部であることはわかります。(この記事の目的はそれを解説することではないので省きます。)それでは、除外点がただ一つ存在することはどのように直感的にわかるでしょうか?
軌跡を写像の像として見る
今回の軌跡は写像
の像を求めるということに対応しています。逆に、図を見ると明らかなように、円C上の点Pを一つ決めると、直線OP:の傾きが一意に定まります。
すなわち、は全単射になります。
さらに、点は円C上を連続的に動き、直線OPの傾きも連続的に変化するので、およびは全単射連続写像になる、すなわちは同相写像になります。
さて、ここから円C全体が求める軌跡でないことは次の定理から分かります。
これは、1次元の最大値最小値の定理の一般化になっています。さて、円Cは明らかにコンパクト(有界閉)ですので、が円Cだと仮定すると、もコンパクトであることになり、実数がコンパクトでないことに矛盾します。
実際
となり、点が除外点であることが分かります。これがただ一つの除外点であることは中間値の定理を一般化した次の定理より従います。
領域の問題の例
同じく青チャートから
がを満たすとき、
としたときのの領域を求めよ。
解答:(図2の斜線部分)
この問題を初めて見た人がよくする間違いとして、から
としてしまうというものです。実際には、を満たすの組が存在する必要十分条件として、が必要です。
この問題も、位相空間が分かっていればこのような間違いはしません。
領域のトポロジーを考える
この問題も連続写像
の像を求める問題と考えることが出来ます。
ただしDは定義域
です。
領域Dは明らかにコンパクト(有界閉)なので、定理その1からもコンパクト(有界閉)になるということが分かり、先ほどの間違いでは領域が無限に発散してしまっているので、何か条件が足りていないことが分かります。*1
領域の「かたち」はトポロジーでどこまでわかるか
皆さんお気づきでしょうが、上の問題で出てきた写像は全単射ではありません。とはで同じ点に移ります。そこで、領域E
を考え、写像のへの制限
を考えると、証明は省きますが、これは全単射連続写像になります。
領域は図3のようになります。
実はこれは、次の定理から同相写像になっています。
さらに、gのヤコビ行列を考えると、
となり、では正則になります。
したがってが級であることと逆写像定理から、はでもであることが分かります。
このことから、は微分同相写像になっていることが分かります。
実際図3の境界は図2の境界に移り、図3の尖点は図2の尖点に移っていることが確かめられます。
まとめ
位相空間論はどうしても集合の形式的な論理が多く、苦手に思う人も多くいると思います。しかし、こういう軌跡・領域の問題等と組み合わせることで、直感的に摑みやすくなってくれたらいいなと思います。(の位相が性質が良すぎるんじゃないかと言われたらそれはそうですが……)
確率分布と頻度分布の関係
みなさんこんにちは。YYです。
今回は、確率分布と頻度について話していきたいと思います。
当然のことですが、確率が1/6だからと言って、6回さいころを投げれば必ず1回1の目が出るかと言われるとそんなことはありません。しかし、60000回さいころを振れば、そのうちおよそ10000回は1の目が出るはずです。
しかし、確率論の公理を勉強された方ならわかると思うのですが、上のような感覚的な”確率”と、数学で定義されている確率には、隔たりがあります。ところが、一般に(公理的)確率がであるような事象を伴う試行の回数を大きくしていくと、その事象が起こる頻度はに漸近します。この点において、私たちが持っている確率の感覚と、公理的に定めた確率は一致します。これは大数の法則から割と簡単に導出できることなのですが、このことについて書いてない本も結構あります。今回は特に、確率密度関数と頻度密度関数(こんな呼び方はしないかもしれませんが)が一致するという話をします。
統計力学や量子論を勉強しているときに、思えばこの問題をちゃんと考えたことが無かったことに気が付いたので、もしかすると同じような人がいるかもしれないと思い、ここに書いておきます。
間違いがあれば指摘をお願いします。
確率変数と確率分布の記法の整理
考えている全事象を含む集合を標本空間といい、
確率変数を、試行を特徴づける変数とします。
事象が起こる確率をで表します。
が離散的なとき、となる確率を確率関数で表し、その期待値で表します。
が連続的な時は、となる確率を確率密度関数を使って、で表します。期待値はです。
また、累積分布関数をで定義します。
以下、簡単のため確率分布と確率関数及び確率密度関数を同一視します。
確率変数を、確率分布からのランダムなサンプルとするとき、と表します。(independently and identically distributed)
また、期待値,分散のある分布からのランダムサンプルを、と表します。
大数の法則の主張
大数の法則と呼ばれる法則には、実は2種類あります。大数の弱法則(証明は簡単)と大数の強法則(証明は難しい)です。正直、大数の強法則と弱法則の違いがよく分かっていないのですが、参考のため載せておきます。大数の弱法則は強法則に含まれるらしいです。
大数の法則の仮定は、弱法則、強法則ともに同じで、確率変数で、分散であることです。
ここでは証明は省きますが、弱法則の証明ならほとんどの確率・統計の本に載っています。
大数の法則は、どちらも、標本平均と期待値の関係を示した法則です。(も確率変数であることに注意)
大数の強法則
標本平均は期待値に概収束する。
即ち、
ベルヌーイ分布の例
ここで、我々が考えうる最もシンプルな確率分布の一つ、ベルヌーイ分布を考えたいと思います。
ベルヌーイ分布とは、確率変数に対し、
という確率を与えるような分布です。(ただし)
より、大数の法則の仮定を満たします。
ベルヌーイ分布からのランダムなサンプルを、でとると、標本平均はでに確率収束します。
頻度分布と確率分布の対応
今までみてきたように、大数の法則は標本平均の標本数を増やした挙動についてしか教えてくれず、標本数を増やしていった時の分布の漸近的挙動の情報は含まれていません。しかし、実はこれだけで頻度分布が確率分布に近づいていくことが分かります。
確率分布に従う確率変数をランダムに取ります。すなわち、
ここで、を(添え字によらず)任意に取り、次のような確率変数の変換を行います。
するとは、
なるベルヌーイ分布からのランダムサンプルになっています。(ここで、は累積分布関数)
ここで、個のサンプルの内、を満たすようなの個数を、とし、頻度を、
で定義します。
であることから、上述のベルヌーイ分布に対する大数の法則により、
が成立します。
つまり、が十分大きければ、データが以下の値を取るような頻度は、累積分布関数であるとほぼみなせます。
ランダムサンプルがの間にある値をとるような頻度は、
となり、確率密度関数は、頻度の密度を表していると考えることが出来ます。
おわりに
この証明の肝は、公理的に定められた確率を、ベルヌーイ分布に従う確率変数に帰着させるところにあります。ベルヌーイ分布というある種簡単すぎる確率分布が、一般の確率分布の性質の証明に深くかかわっているのは、驚きだと思います。
表面張力あれこれ
2022年Wathematica アドベントカレンダー12/15担当のYY(Twitter: @YY71742817)です。(アドベントカレンダーのはずなのに未だに全体のページが出来てないっぽいですが……)
TLの皆さんや、ワセマの皆さんはきっと小学生の時から科学大好き少年・少女で、夏休みなんかは自由研究で実験なんかをやっていたことだろうと思います。そういう小学生向けの実験で、やたらと出てくるワードに「表面張力」があります。何となく、無重力では表面張力で水は球状になるとか、洗剤の界面活性剤は表面張力を破壊するとか(正確に言えば、水と油間の表面張力なのですが)聞いたことはあると思います。しかし、多くの人にとって分子間力と表面張力の違いはなぁなぁなのではないでしょうか。そこで、マクロな観点から表面張力を定義し、それによっておこる現象についていくつか紹介していきたいと思います。
表面張力の熱力学的定義
熱力学の復習
今回必要になる熱力学の知識は、熱力学関数と示強変数の関係と、2つの系の平衡状態の知識です。田崎の7章及び付録F、清水の9章及び13章に相当します。
熱力学関数をもちいて、示強変数である温度、および圧力は、次のように表せました。
ここで、はエントロピーです。
また、熱を通す可動な壁で分けられた2つの系が平衡状態にあるときの平衡条件は、
でした。これらは、熱力学関数の凸性から、例えば
などから導かれました。
熱力学関数の微分は
のようにも表されました。
これをエントロピーに関して一回ルジャンドル変換するとヘルムホルツの自由エネルギー
が得られ、さらに体積に関してルジャンドル変換するとギブズの自由エネルギー
が得られました。
示量変数に「面積」を追加する。
今まで熱力学関数としてのヘルムホルツエネルギーの変数はでした。しかし、例えば二つの流体相が互いに平衡状態にあるとき、その状態は温度と体積だけでは決定できません。そこで、二つの界面の面積を新しく示量変数として加えます。そして、表面張力を
として定義します。
ヘルムホルツエネルギーの全微分は
となります。ルジャンドル変換の性質から、
が成り立ちます。
表面張力の直感的意味
ここで、表面張力の直感的な意味を考えるために、等温状態の下、体積であるような液膜を、幅のコの字型のフレームと棒に張り、平衡状態を保ったまま図のようにだけ広げることを考えます。
この時、膜がする仕事は、
になります。すなわち、膜が棒を引っ張る力はとなります。つまり、表面張力は、膜を縮める方向に働く、単位長さ当たりの力だと考えることが出来ます。
Young-Laplaceの関係式
ここまでの話を読まれて、「ヘルムホルツの自由エネルギーはとを変数に持っているが、本当にこの二つは独立なのか」と気になった方もいると思います。実を言うと、これらは必ずしも独立に動くとは限りません。体積を大きくすると、当然表面積も大きくなってしまうからです。
図のように、液相1の中で液相2が平衡状態にあるとします。(気体と液体でもいいです。)液相1の体積を、液相2の体積をとし、その界面の面積をとします。ここから、法線ベクトル方向にだけ微小に体積を増大させます。すると、体積及び面積の微小変化は次のようになることが、微分幾何を使うとわかります。
ここで、は平均曲率と呼ばれるもので、第一基本形式(曲面のRiemann計量)
及び第二基本形式
を用いて、
と表されます。(は局所座標)
実は、各点での極大曲率半径と、極小曲率半径を用いて、
と表せます。この2つの相が平衡状態にあるためには、ヘルムホルツの自由エネルギーがで最小である必要があります。そこで、
とすると、圧力差と表面張力の間にYoung-Laplaceの関係式
が成り立ちます。
特に、内側と外側の圧力差がないとき、表面は極小曲面を作ります。cf)針金に張ったシャボン膜
追記(2022/12/27)
12/25日分のアドカレ
mathlog.info
で首藤さんがこれと関連したテーマを扱ってます。
ここで出てきた平均曲率はshape operator のトレースを2で割ったものになります。
表面張力あれこれ
ここからは、導出抜きで、(今までもだいぶあってないようなものでしたが)諸々の結果だけ紹介していきたいと思います。
濡れと表面張力
図のように、重力の影響が小さい液滴を考えます。これは、水、空気、固体の3相平衡になっていて、水と空気の間の表面張力を、水と固体の間の表面張力を、空気と固体の間の表面張力をとすると、これらと接触角の間には、Youngの関係式
が成り立ちます。
濡れによる仕事はDupreの式
により求まります。この二つを組み合わせた
をYoung-Dupreの式と呼び、が小さいほど濡れやすいということを示しています。150°を超撥水、を超親水と言います。
表面張力のミクロスコピックな説明
図のように、液体内部の分子と界面近くの分子のエネルギーの安定性を考えます。液体内部は周りに分子が等方的にいるため、分子間力が等方的に働きます。一方液体表面は分子間力がほとんど内側からしか働きません。これにより、界面近くの分子の方がエネルギー的に不安定になり、表面積が大きいほどエネルギーも大きくなります。この寄与がどのくらいのものになるのかはちょっとまだ調べ切れてません……が、面積はほぼほぼ表面の分子数に比例すると考えられるので、となり、ほとんどのみに依存すると考えてよい気がします。
終わりに
大学に入って初めて表面張力に出くわしたのは巽流体力学ゼミでの表面張力波だったのですが、ネットを調べてもなかなかちゃんとしたことが書いてあるページが少なく、困った思い出があります。(ほぼ一年前)
導出をできるだけ省いて結果を並べようと思ったら、気づいたら数式マシマシの読みにくいブログになっていました……ごめんなさい……
質問があったらTwitterまでお願いします。
参考文献
1)田崎晴明(2000)『熱力学ー現代的な視点からー』(培風館)
2)清水明(2021)『熱力学の基礎I 熱力学の基本構造』第2版(東大出版)
言わずと知れた熱力学の定番書。表面張力の勉強中に何度もひっくり返しながら復習しました。
3)中島章(2014)『化学の要点シリーズ12 固体表面の濡れ性―超親水性から超撥水性まで—』(共立出版)
Wikipediaの表面張力のページの参考文献として一番上くらいに上がるのがこの本です。表面張力関係で今売られてる本で一番手に入りやすいかも?撥水についてやたら詳しいのですが、そこまでは読めていません……
4)ピエール ジル ドゥジェンヌ他、奥村剛 訳、(2003)『表面張力の物理学―しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界—』第2版 (吉岡書店)
表面張力について書いてある本で見た感じ一番いろんなトピックを扱っていて、説明も物理寄りでわかりやすいです。英語版は早稲田だと無料で全文ダウンロードできるみたいです(今知った)
5)久保亮五(1961)『大学演習 熱学・統計力学』修訂版第56版(裳華房)
表面張力の熱力学も扱っていて、一応YoungーLaplaceの式のお気持ち導出があります。(第4章問題【7】)
6)本間泰史(2022)『幾何学B1(曲面論)講義ノート』
7)小磯憲史(1998)『共立講座 21世紀の数学12 変分問題』(共立出版)
微分幾何パートの参考にしました。多分曲面論の本なら何でも載ってると思います。